名称 | 「香りの有効性評価のための主観評価用質問紙」に関するレポート |
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計測年 | 1994~1998年 |
計測場所 | 東京都及び神奈川県 |
計測対象者 | 東京都及び神奈川県に居住している成年男女200人 |
計測項目 | 香りの主観評価用質問紙の作成 |
特徴 | 本レポートは、1994~1998年度の「アルコールの高付加価値的利用に関する調査研究」のうち「生活環境改善に効果のあるアルコール製剤に関する調査研究」で行われた「アルコール香り製剤の調製に関する調査研究」の成果の中から、香りの主観評価用質問紙作成にかかわる部分を抜粋してまとめなおしたものである。 |
その他 | ご利用にあたっての注意事項(Read me)を確認の上、ご利用ください。 |
1.はじめに
本レポートは、1994年度~1998年度の「アルコールの高付加価値的利用に関する調査研究」のうち「生活環境改善に効果のあるアルコール製剤に関する調査研究」で行われた「アルコール香り製剤の調製に関する調査研究」の成果の中から、香りの主観評価用質問紙作成にかかわる部分を抜粋してまとめたものである。
当時、都市型ストレスや対人関係の持続的緊張の増加による精神的・肉体的疲労が蔓延する生活環境において、人間の五感を刺激し、快適さを感じさせ、良好な環境を作り出していくことが必要不可欠とされた。このため、快適さを感じさせるものとして、森林浴で有名なフィトンチッド等をはじめとする機能性の香り物質を探索し、これとエタノールを併用して、生活環境の改善に効果のあるアルコール製剤を開発するための指針を明らかにする調査研究を行った。
このうち、「アルコール香り製剤の調製に関する調査研究」では、自然環境から香り物質を抽出してその化学的組成を同定し、主な化合物の人間に対する心理面・生理面・行動面での作用の評価方法や指標を定め、香り物質とエタノールとの併用効果が発揮できる適切な製剤を開発するための指針を提供することを目的としていた。
そこで、香り物質の人間への効果を確認するための評価手法について検討が行われた。
2.人の感情や気分の評価指標
人の生理的効果の判定指標には、大きく分けて、自律神経系の反応を測定するもの(心電図、血圧、瞳孔の対光反射、皮膚表面温度、身体微振動(マイクロバイブレーションの周波数特性)、重心移動、筋電図など)と、中枢神経系の反応を測定するもの(脳波、事象関連電位、脳磁界など)がある。これらの反応にはいろいろな要素が絡み合っているため、一つの指標だけで判断するのは非常に危険である。生理的な指標だけに頼らずに、心理的な評価(質問紙による主観面の評価)も合わせて行うことが必要である。
環境に香りを付加した場合、人がその環境をどのように評価するのか、また、どのような気分の変化が起こるのかを検討することは、生理指標の変化を解釈する場合のほか、実際の商品の効果を検討する場合や、複数の商品候補から絞り込む場合などにも有効である。多くはSD法による評価手法が用いられる。
3.主観評価用質問紙の作成
主観評価用質問紙は以下の手順で作成した。
(1)環境評価票及び気分評価票作成のためのアンケート調査
(2)香り呈示による環境及び気分評価
(3)気分評価の結果と考察
(1)環境評価票及び気分評価票作成のためのアンケート調査
主観評価用の質問紙を作成するためにアンケート調査を行った。この調査は、被験者に10の場面を設定してイメージしてもらい、その場面をSD法により評価させた。また、その場面に自分がいることを想定してもらい、どのような気分がするかを評価させた。
場面の評価(以下、環境評価)に用いた形容詞対は、「落ちつきのある-落ちつきのない」「やぼったい-しゃれた」「美しい-みにくい」などで、全部で135対を選んだ。また気分の評価(以下、気分評価)に用いた単語は、「爽やかな気分」「退屈な気分」「新鮮な気分」など81単語とした。
アンケートは、東京都及び神奈川県に居住している成年男女合わせて200人を対象に実施した。
設定した場面は以下の10場面である。
■設定場面
1. きれいに片付いた自分の部屋
2. よく晴れた高原のハイキングコース
3. 下町の工場地帯
4. 交通量の多い国道沿いの歩道
5. 高層ビルの近代的なオフィス
6. 雑居ビルの近代的なオフィス
7. 人で賑わっている商店街
8. 石油コンビナート
9. 満員電車
10. 緑に囲まれた高原のコテージ
評価項目ごとに反応度数の分布を検討し、特定のカテゴリーに偏って反応しているアイテムを除き、残った項目の相関関係を調べ、相関係数の大きすぎる項目については、どちらかのみを用いることとした。
今回用いた質問は、場面の評価及び気分評価ともに5カテゴリーの選択肢からなっている。反応が均等に分布すると1カテゴリーに対する相対反応度数は20%になる。今回は、相対反応度数が(場面)については40 %以上のもの、(気分)については38 %以上のものを特定カテゴリーに偏っていると判断して、その後の分析から除外した。除外された項目は(場面)では54項目、(気分)では9項目であった。
このようにして、反応度数の分布、相関係数によって絞られた質問項目に対して、場面評価及び気分評価のそれぞれで主成分分析を実施し、質問用語候補リストを作成した。
場面評価の結果をみると、第一主成分として「評価」、第二主成分とし て「力動性」、第三主成分として「活動性」が抽出されたが、第一、第二主成分の分離があまり良くない。
気分評価の結果をみると、四つの成分が抽出された。第一主成分は「快・不快」を、第二主成分は「活動性」を、第三主成分は「覚醒」を表していると考えられる。
気分評価も場面評価と同様に成分間の分離が明確でないのは、イメージするだけで実際に香りを用いていないからと考えられた。そこで、実際に香りを用いた実験を行って、分離を明確にし、成分の解釈をはっきりさせることにした。
一連のアンケート調査から、場面評価項目72、気分評価項目63を選定した。これらの用語の候補リストを表1に示す。
表 1 環境評価項目・気分評価項目
環境評価項目
1 | 落ちつきのある-落ちつきのない | 25 | 複雑な-単純な | 49 | なごやかな惑じ-とげとげしい感じ | |||||||||||||||||||||
2 | 好き-きらい | 26 | 狭い-広い | 50 | クールな感じ-ホットな感じ | |||||||||||||||||||||
3 | やぼったい-しゃれた | 27 | 現実的な-幻想的な | 51 | 沈んだ感じ-陽気な感じ | |||||||||||||||||||||
4 | 特色のある-ありきたりな | 28 | 窮屈な-自由な | 52 | 進歩的な感じ-保守的な感じ | |||||||||||||||||||||
5 | つまらない-楽しく | 29 | やさしい-きびしい | 53 | 開放された感じ-抑圧された感じ | |||||||||||||||||||||
6 | 親しみやすい-親しみにくい | 30 | 白い-黒い | 54 | がさつな感じ-優雅な惑じ | |||||||||||||||||||||
7 | 美しい-みにくい | 31 | 不潔な-清潔な | 55 | 貴族的な感じ-庶民的な感じ | |||||||||||||||||||||
8 | 粗野な-洗練された | 32 | 貧しい-豊かな | 56 | 健全な感じ-退廃的な感じ | |||||||||||||||||||||
9 | わかりにくい-わかり易い | 33 | にぎやかな-静かな | 57 | あじわいがない-あじわいがある | |||||||||||||||||||||
10 | 新しい-古い | 34 | 一時的なー永遠な | 58 | 角ばった感じ-丸味のある惑じ | |||||||||||||||||||||
11 | よい-わるい | 35 | 人間的な-動物的な | 59 | 近づきがたい感じ-近づきやすい感じ | |||||||||||||||||||||
12 | 動的な-静的な | 36 | 愉快なー不愉快な | 60 | 固苦しい感じ-うちとけた感じ | |||||||||||||||||||||
13 | 暗い-明るい | 37 | 自然な-不自然な | 61 | 爽やかな感じ-爽やかでない感じ | |||||||||||||||||||||
14 | 地味な-派手な | 38 | はっきりした-ぼんやりした | 62 | 健康な感じ-不健康な感じ | |||||||||||||||||||||
15 | つめたい-あたたかい | 39 | まとまった-ばらばらな | 63 | 素朴な感じ-洗鏡された感じ | |||||||||||||||||||||
16 | 興奮した-落ちついた | 40 | 安全な-危険な | 64 | 新鮮な-古めかしい | |||||||||||||||||||||
17 | 緊張した-ゆるんだ | 41 | はげしい感じ-おだやかな感じ | 65 | 古くさい感じ-新しい感じ | |||||||||||||||||||||
18 | 固い-柔らかい | 42 | 男性的な感じ-女性的な感じ | 66 | 荒々しい-繊細な | |||||||||||||||||||||
19 | 不安定な-安定した | 43 | 変化に富んだ感じ-単調な感じ | 67 | のんびりした感じ-せわしい慈じ | |||||||||||||||||||||
20 | 大きい-小さい | 44 | 生き生きした感じ-生気のない感じ | 68 | はりつめた感じ-ゆったりした感じ | |||||||||||||||||||||
21 | 重厚な-軽快な | 45 | 静かな-さわがしい | 69 | 陽気な感じ-陰気な感じ | |||||||||||||||||||||
22 | 落ちついた域じ-活発な感じ | 46 | にぎやかな感じ-落ちついた感じ | 70 | さっばりした感じ-ねちねちした感じ | |||||||||||||||||||||
23 | 広々した-せまい | 47 | テンポのおそい感じ-テンポの速い感じ | 71 | 活発な感じ-おとなしい感じ | |||||||||||||||||||||
24 | いかめしい感じ-やさしい感じ | 48 | 若い感じ-年とった感じ | 72 | せっかちな感じ-のんびりした感じ |
気分評価項目
1 | あきあきした気分 | 22 | ほっとする気分 | 43 | 真剣な気分 | |||||||||||||||||
2 | いきいきとした気分 | 23 | ぼんやりした気分 | 44 | 清々しい気分 | |||||||||||||||||
3 | イライラした気分 | 24 | やわらいだ気分 | 45 | 精力的な気分 | |||||||||||||||||
4 | うきうきした気分 | 25 | ゆったりした気分 | 46 | 静かな気分 | |||||||||||||||||
5 | うつろな気分 | 26 | わくわくした気分 | 47 | 爽やかな気分 | |||||||||||||||||
6 | うとうとした気分 | 27 | 穏やかな気分 | 48 | 退屈な気分 | |||||||||||||||||
7 | うんざリした気分 | 28 | 快適な気分 | 49 | 沈んだ気分 | |||||||||||||||||
8 | くたくたした気分 | 29 | 楽しい気分 | 50 | 熱中した気分 | |||||||||||||||||
9 | くつろいだ気分 | 30 | 活発な気分 | 51 | 煩わしい気分 | |||||||||||||||||
10 | すっきりした気分 | 31 | 嬉しい気分 | 52 | 疲れた気分 | |||||||||||||||||
11 | せかせかした気分 | 32 | 機敏な気分 | 53 | 不安な気分 | |||||||||||||||||
12 | そわそわした気分 | 33 | 気がかりな気分 | 54 | 不愉快な気分 | |||||||||||||||||
13 | だらだらした気分 | 34 | 気楽な気分 | 55 | 浮かれた気分 | |||||||||||||||||
14 | だるい気分 | 35 | 気分がよい | 56 | 物悲しい気分 | |||||||||||||||||
15 | ドキドキした気分 | 36 | 気分が悪い | 57 | 平穏な気分 | |||||||||||||||||
16 | のんびリした気分 | 37 | 軽やかな気分 | 58 | 豊かな気分 | |||||||||||||||||
17 | ハイな気分 | 38 | 自信に満ちた気分 | 59 | 眠い気分 | |||||||||||||||||
18 | はっきりした気分 | 39 | 集中した気分 | 60 | 愉快な気分 | |||||||||||||||||
19 | はつらつとした気分 | 40 | 心配な気分 | 61 | 憂鬱な気分 | |||||||||||||||||
20 | ぴりびりした気分 | 41 | 新鮮な気分 | 62 | 陽気な気分 | |||||||||||||||||
21 | 落ちつきのない気分 | 42 | 落ちついた気分 | 63 | 朗らかな気分 |
(2)香り呈示による環境及び気分評価
表1の評価項目を用いて、実際に被験者に香りを呈示し、その香りによって感じられる場面や気分を評価することにより、有効な香り物質を選択した。いずれの項目も下記の5段階尺度で評価した。なお、香りに対する嗜好性(好き、嫌い)と主観的強度(とても強く感じる、ほとんど感じない)を同じく5段階尺度で調査した。得られたデータに対して、それぞれ因子分析(Varimax回転)を行い、気分評価で13因子、環境評価で18因子が得られた。
気分評価で得られた因子については、分散寄与率が10%以上の値を示す4因子を用いることとした。この4因子での累積寄与率は73.1%である。
同じく環境評価で得られた因子についても検討を行ったが、気分評価と比較すると、分散寄与率の小さな因子が数多く抽出されたため、分散寄与率5 %以上の値を示す7因子を用いることとした。この7因子での累積寄与率は54 %であり、分散の半分位しか説明できない。
このように、環境評価において、各因子の分散寄与率が大きくならなかったのは、おそらく実験室実験のデータであることに拠る点が大きいと思われる。すなわち、香り環境以外ほぼ変化のない今回の実験条件では、今回の環境評価に用いた概念を抽出するのに十分でなかったことが考えられる。
① 気分評価の結果と考察
気分評価項目の因子負荷量と因子スコアの重みを調べた。
気分・因子1の負荷量が大きい項目としては、「自信に満ちた気分」「精力的な気分」「陽気な気分」「爽やかな気分」「清々しい気分」「はつらつとした気分」「いきいきとした気分」などがあり、リフレッシュ感・能動的なポジティブエモーションの因子と考えられる。
気分・因子2の負荷量が大きい項目としては、「不安な気分」「気がかりな気分」「心配な気分」「物悲しい気分」「憂鬱な気分」「不愉快な気分」「イライラした気分」「煩わしい気分」「せかせかした気分」などがあり、ネガティブエモーション・負の情動の因子と考えられる。
気分・因子3の負荷量が大きい項目としては、「眠い気分」「だるい気分」「うとうとした気分」「うつろな気分」「だらだらした気分」などがあり、眠気・覚醒水準の因子と考えられる。
気分・因子4の負荷量が大きい項目としては、「ゆったりとした気分」「穏やかな気分」「くつろいだ気分」「のんびりした気分」「やわらいだ気分」「静かな気分」などがあり、リラックス感・受動的なポジティブエモーションの因子と考えられる。
以上を整理すると、私たちは4因子で気分を評価していることが明らかになった。
因子 1:リフレッシュ感・能動的なポジティブエモーション
因子 2:ネガティブエモーション(負の情動)
因子 3:眠気・覚醒水準
因子 4:リラックス感・受動的なポジティブエモーション
これまでも、私たちのエモーションのベーシックな部分には、快-不快の軸と覚醒-鎮静の軸があると考えられていたが、今回の結果から、ネガティブエモーションに関しては一因子だが、ポジティブエモーションに関しては、能動的なものと受動的なものの二因子に分離して抽出されたことは興味深い。単なるポジティブエモーションというー軸ではなく、リフレッシュ感とリラックス感を分離して評価が可能であるということは、開発コンセプトの確認や実際の商品評価等に、幅広い応用が可能であると思われる。
② 環境評価の結果と考察
環境評価項目の因子負荷量と因子スコアの重みを調べた。
環境・因子1の負荷量が大きい項目としては、「クールな感じ-ホットな感じ」「固苦しい感じ-うちとけた感じ」「近づきがたい感じ-近づきやすい感じ」などがあり、親近感・親和感の因子と考えられる。
環境・因子2の負荷量が大きい項目としては、「活発な感じ-おとなしい感じ」「にぎやかな感じ-落ちついた感じ」などがあり、活動性の因子と考えられる。
環境・因子3の負荷量が大きい項目としては、「さっぱりとした感じ-ねちねちした感じ」「愉快な-不愉快な」「爽やかな感じ-爽やかでない感じ」「よい-わるい」などがあり、感情的価値判断の因子と考えられる。
環境・因子4の負荷量が大きい項目としては、「変化に富んだ感じ-単調な感じ」「生き生きとした感じ-生気のない感じ」などがあり、複雑性の因子と考えられる。
環境・因子6の負荷量が大きい項目としては、「貴族的な感じ-庶民的な感じ」「素朴な感じ-洗練された感じ」などがあり、洗練された因子と考えられる。
環境・因子7の負荷量が大きい項目としては、「安全な-危険な」「不安定な-安定した」などがあり、安全性の因子と考えられる。
環境・因子17の負荷量が大きい項目としては、「固い-柔らかい」「いかめしい感じ-やさしい感じ」などがあり、いかめしさの因子と考えられる。
以上を整理すると、環境評価の因子として
因子 1:親近感・親和性
因子 2:活動性
因子 3:感情的価値判断
因子 4:複雑性
因子 6:洗練さ
因子 7:安全性
因子 17:いかめしさ
の 7 因子が今回の調査で得られた。
この7因子で説明できるのは、分散変動の約54%であることから、この実験で設定した実験条件及び環境調査項目では、残る多くの要因を抽出できないことを示している。しかしながら、今回の分析で抽出された因子は、その因子の意味を考えると、私たちが環境を評価する際に用いるだろう一般的な評価軸が抽出できていると考えられる。
これらの因子だけでは、分散変動の半分位しか説明できないというデータから、私たちは一般的な評価軸の他に、それぞれの場面に応じてさまざまな評価軸を使い分けている可能性も示唆される。その意味では、今回、分析から除外した因子の中には、さまざまな場面で使い分けられる特殊因子が含まれている可能性も考えられる。今後の製剤化において環境評価を行う場合に、実際に使用される環境、使用法を考慮に入れ、これらの特殊因子の中から、香り製剤を用いた場合に起こるだろう環境の変化にマッチした評価項目を選択する必要がある。
今後は気分評価因子を使って分析をすることにした。
③ 香り物質ごとの気分因子得点の変化
図1に、香りの違いによる各気分因子の平均得点の変化を示した。
この図の中で、pre-Blankで示したものは、被験者がシールドルームに入室した直後に行った評価の結果でコントロールされていないため、考察から除外した。
図 1 気分評価より求められた各因子の香りごとの平均得点
a)気分・因子 1(リフレッシュ感・能動的なポジティブエモーション)
グラフは右に行くほどリフレッシュ感が高まることを意味する。この因子得点が高い香りとしては、(+)-limonene,thujopsene,Hinoki oil,α-pinene, β-pinene などがある。低い香りとしては、α-phellandrene,p-cymeneなどがある。
b)気分・因子 2 (ネガティブエモーション・負の情動)
グラフは右に行くほどネガティブエモーションが増加することを意味する。この因子得点の高い香りとしては、a -phellandrene,thiyopsene,iso-varelic acidがある。低い香りとしては、β-pinene, cedrol,σ-3-carene などがあげられる。
c)気分・因子 3 (眠気・覚醒水準)
グラフは右に行くほど眠気、ぼんやり感が増加することを意味する。この因子得点が高い香りとしては、α-phellandreneがある。低い香りとしては、(+ )-limonene、thujopsene, Hinoki oilがある。
d)気分・因子 4 (リラックス感・受動的なポジティブエモーション)
グラフは右に行くほどリラックス感、ゆったり感が増加することを意味する。この因子得点 が高い香りとしては、cedrol, (+)-limoneneがある。低い香りとしてはn-bornyl acetate、 p-cymene,iso-varelic acid がある。
ブランクでの気分プロフィールを気分評価因子得点で見ると、特に因子4 (リラックス感) の得点が高くなっている。これは、実験者が細心の注意を払って出来るだけリラックスして実験に臨めるように被験者を取り扱っていること、特に課題遂行を要求される実験でないこと、常にセッションの初めに行われるため疲労感がないこと等の理由によると考えられる。ブランクでのゆらぎ係数がポジティブ・コントロールであるHinoki oilと同程度の値を示すのは、このリラックス感が高い状態が原因であると思われる。選択された63の気分評価項目について、さらに詳細に検討した結果、因子1の能動的な正の感情の中に、「集中した気分」や「真剣な気分」といった「集中感」のようなものが含まれていることが分かったので、これを第5因子として分離し、また、実際フィールドにおいて大規模な調査を行う場合を考慮して、質問項目を次の23個に絞り込んだ(表2)。
表2 各因子に対応する質問項目
因子 1:能動的な正の感情 | はつらつとした気分 | 陽気な気分 | 愉快な気分 | 活発な気分 | 自信に満ちた気分 | ||||||||||||||||||||||||
因子 2:負の感情 | 不安な気分 | もの悲しい気分 | 気がかりな気分 | 憂鬱な気分 | 不愉快な気分 | ||||||||||||||||||||||||
因子 3:受動的な正の感情 | くつろいだ気分 | ゆったりした気分 | のんびりした気分 | 穏やかな気分 | 和らいだ気分 | ||||||||||||||||||||||||
因子 4:眠気 | 眠い気分 | うとうとした気分 | だるい気分 | うつろな気分 | ― | ||||||||||||||||||||||||
因子 5:注意 | 集中した気分 | 真剣な気分 | 新鮮な気分 | 清々しい気分 | ― |
(3)試作サンプルの気分評価
a -ピネン、リモネン、酢酸ボルニルは、基本成分として使用し、嗜好性や心理評価のコンセプトをはずさないよう考慮して香料処方の検討を行い、8種類の香料ベースを作成した。
この処方においては、a -ピネン、リモネン、酢酸ボルニルは全体の構成上40%以上を含み、リラックス又はリフレッシュ的効果を目標としている。
試作品の香調は次のとおりである。
A:ピネンを主体とした柔らかな香調の森の香り
B:新緑をイメージした、グリーンノートが基調の森の香り
C:パインニードルオイルを主体とした爽やかな森の香り
D:明るい広葉樹林をイメージした、シトラス感のある森の香り
E:ヒバの香りを基調とした、フレッシュな森の香り
F:ヒノキの香りを基調とした、落ちつきのある森の香り
G:ハーブの香りでアレンジした、やや甘味のある森の香り
H:シトラス、ハーブ、ウッディノートが基調のコスメティック感のある森の香り
試作した香料中の香り物質の配合量を表3に、また4種類の精油中の香り成分量を表4に示す。これらを配合することによって、σ-3-Carene,Farnesene,Sabinene,Thujopsene,Cedro1などが製剤の中に含まれるようになる。
表 3 試作した香料中の香り物質の配合量(単位:%)
素材/記号 | A | B | C | D | E | F | G | H | |||||||||||||||||||
a -pinene | 60.0 | 38.0 | 30.0 | 25.0 | 28.0 | 28.0 | 26.5 | - | |||||||||||||||||||
Limonene | 8.0 | 22.0 | 12.0 | 25.0 | - | 20.0 | 10.0 | - | |||||||||||||||||||
Bornyl acetate | 12.0 | - | 8.0 | 3.0 | 10.0 | 1.0 | 8.0 | 10.0 | |||||||||||||||||||
Pine needle oil | 3.0 | 2.0 | 16.0 | 10.0 | 20.0 | 11.0 | 12.0 | 10.0 | |||||||||||||||||||
Hiba oil | - | - | - | - | 10.0 | - | - | - | |||||||||||||||||||
Cedwrwood oil | 1.0 | 1.0 | 5.0 | 1.0 | 6.0 | 1.0 | 8.0 | - | |||||||||||||||||||
Hinoki oil | - | - | - | - | - | 15.0 | - | - | |||||||||||||||||||
Woody oil | 16.0 | 37.0 | 29.0 | 36.0 | 26.0 | 24.0 | 35.5 | 80.0 | |||||||||||||||||||
Total | 100.0 | 100.0 | 100.0 | 100.0 | 100.0 | 100.0 | 100.0 | 100.0 |
表 4 精油中の香り成分(単位:%)
1 | Pine needle Oil | ||||||||||||||||
α-Pinene | 31.20~43.52 | ||||||||||||||||
Limonene | 0.70~3.52 | ||||||||||||||||
Borny1 acetate | 0.96 | ||||||||||||||||
σ-3-Carene | 0.45~31.85 | ||||||||||||||||
Farnesene | 0.06 | ||||||||||||||||
Sabinene | 0.26 | ||||||||||||||||
2 | Ceder wood Oil | ||||||||||||||||
α-Pinene | 25.6 | ||||||||||||||||
Thujopsene | 19.9 | ||||||||||||||||
Cedrol | 29.7 | ||||||||||||||||
3 | Hiba Oil | ||||||||||||||||
Thujopsene | 86.0 | ||||||||||||||||
4 | Hinoki Oil | ||||||||||||||||
Thujopsene | 15.0 |
A~H の試作サンプルについて気分評価を行った。被験者は健康な成人女性 20 名である。
① 実験方法
実験は官能評価専用の個人ブースにて行った。香り試作品A~Hの8種類と香りなしの計9条件で、評価順はランダムとした。
無臭のガラス瓶に香り試作品を2 g入れたものを用いた。対照として、局方エタノール2 gを同様のガラス瓶に入れたものを用意した。このガラス瓶を被験者の鼻先5~10cmに固定して呈示した。
被験者は椅子にゆっくり腰掛けて、安静閉眼させ3分間香りを嗅がせ、その後、開眼して香りを嗅ぎながら質問紙に記入してもらった。一つの評価が終わる毎に換気を行った。
② 評価方法
評価は、前項で説明した23項目からなる質問紙を用い、5段階尺度で行った。これにより、能動的な正の感情(リフレッシュ感)、負の感情(不快感)、受動的な正の感情(リラックス感)、眠気、集中(注意)といった5因子の評価が可能である。
気分評価の他に、匂いに対する嗜好性(好き・嫌い)と主観的強度(とても強く感じる-ほとんど感じない)及び森林らしさについて、同じく5段階尺度で調査を行った。
③ 評価結果
まず、嗜好性、主観的強度、森林らしさについての評価結果を示す。
図 2 試作品の嗜好性評価の平均得点(5 点満点)
図 3 各香りサンプルの主観的強度の平均得点(5 点満点)
図2から嗜好性では、サンプルBは非常に嗜好性が高く、一方、サンプルC及びサンプルHはコントロール(エタノール)より高いものの、今回の試作品の中では低い値を示した。図3から主観的強度では、サンプルH、サンプルCの順に大きく、前述のサンプルC及びサンプルHの嗜好性の低さは、この過大な香り強度によるものかもしれない。一方、それ以外のサンプルについては、香り強度と嗜好性の間の相関は見られなかった。
森林らしさの点では、サンプルEが良い成績を示し、続いてサンプルF、サンプルC、サンプルAの順となるが、サンプルE以外は、3点を多少超える程度であった。
以上の結果から、嗜好性の点では、B, D, E, A, F, Gが好ましく、サンプルC、サンプルHがやや劣ることが判った。主観的強度の点では、サンプルHがやや強すぎる感もあるが、それ以外のサンプルではどれも問題がないことが明らかになった。森林らしさでは、サンプルEが良い成績を示し、F, C, Aがそれに続く成績を示した。
図4に各試作品が気分に与える影響を、それぞれの心理評価項目ごとに対照(エタノール)との差を示した。全体の傾向として、香りの呈示により、能動的な正の感情(リフレッシュ感)、受動的な正の感情(リラックス感)ともに増加し、集中感も増加すること、負の感情(不快感)が減少することが読み取れる。また、眠気については、本実験条件の評価時間の短さのためか、香りの影響が十分に反映されなかった。香りにより増大するものと減少するものとがあったが、その変化量はさほど大きくはなかった。
図4 各因子項目の平均得点のコントロールとの差
各香り試作品と気分因子との関係は以下の通りであった。
サンプル A:能動的な正の感情(因子 1)、受動的な正の感情(因子 3)、集中感(因子 5)が上昇している。
サンプル B:能動的な正の感情(因子 1)、受動的な正の感情(因子 3)、集中感(因子 5)が上昇し、負の感情(因子 2)や眠気(因子 4)が減少している。 これは、快い香りの呈示により、気分のボジティブな面が拡大され、ネガティブな面が減少していることを示している。
サンプル D:能動的な正の感情(因子 1)は増加しているが、受動的な正の感情(因子 3)の増加はそれに比べて少なく、積極的なポジティブなムードを誘導するものと考えられる。
サンプル E:サンプル D と対称的に受動的な正の感情(因子 3)の増加の方が、能動的な正の感情(因子 1)よりも顕著であり、非活動的なゆったりとしたムードを誘導すると考えられる。
嗜好性の低かったサンプルC、サンプルHについても、非常に興味深い知見が得られた。この2サンプルは、集中感(因子5)において最も低い増加を示しており、このことは、嗜好性の低い香り環境が注意の分散をもたらしていると考えることが出来る。一方、サンプルCは、対照からの増分で見ると、能動的な正の感情>受動的な正の感情となり、サンプルDと同様の傾向を示し、サンプルHは、受動的な正の感情>能動的な正の感情という、サンプルEと同様の傾向を示した。また、サンプルC、サンプルHともに負の感情(因子2)の減少に関しては同程度であった。
これらの点から、サンプルCは、能動的なムードを誘導するような香りキャラクターを有しており、サンプルHは、受動的なムードを誘導するような香りキャラクターを有していると考えることが出来る。嗜好性の問題に関する何らかの改善がなされれば、両サンプルともに有望な香りキャラクターを持つと思われる。
その他のサンプルについては、
サンプル F:能動的な正の感情(因子 1)、受動的な正の感情(因子 3)、集中感(因子 5)がやや上昇し、他の因子には変化が見られない。
サンプル G:能動的な正の感情(因子 1)、受動的な正の感情(因子 3)が上昇して、負の感情(因子 2)がやや減少している。
以上の結果に基づいて、最も森林に似た気分を持ち、嗜好性も高いサンプル E とそれに 次ぐサンプル B 及び対照としてサンプル A 選び、CNV 評価を行った。
(4)試作サンプルの CNV 評価
① 実験材料
香料処方 A、B、E について、スプレー式芳香剤用に調製した香り製剤に倣い、エタノール溶液に 4 %の賦香率で調製(W/V)した香り試料 A、B、E として用いた。
② 実験方法
脳波測定には、日本電気三栄(株)製脳波計1A9 6、画像刺激には日本電気(株)製 コンピュータP C- 9 8 01RX及び同社製誘発刺激用プログラムVDO-S C 9 8、波形処理には、日本電気(株)製コンピュータPC— 9 8 2 1Xe、キッセイコムテック(株)製 誘発反応解析用ソフトEP-WORKSを使用した。
実験条件については、鳥居らの常法に従い、S1刺激(ホワイトノイズ)とS2刺激(CRT±に画像表示)の間隔を1.5秒とし、S 2刺激後ボタン押しを行わせた。
CNV波形の評価方法についても、鳥居らの常法に従い、S1刺激後、400~1000ms の早期成分の面積により判定することとした。脳波電極の装着は、国際10-20法によるF z部位を用いた。
香りの呈示方法は以下のように改良した。
香りの呈示は、匂い紙(幅7 mm X長さ5 cm)に試料0.05gを浸し、これを1~2分放置した後に、100 mlの容器に入れ、毎分1リットルの空気を送り、空気の噴出口を被験者の鼻孔前約5 cmのところに呈示した。
従来の呈示方法は、匂い紙に試料を浸し、鼻孔近くへ呈示するというものであった。この方法の難点として、香り成分が測定室内に一様に拡散してしまうため、香り呈示条件から香り非呈示(コントロール)条件に移行する際の換気を十分に行わなければならないという点が挙げられるが、今回の方法は被験者に対する香り呈示濃度を維持しながら、測定室内への香気成分の拡散量を減らすことが可能となり、測定室内の香り環境管理の点で改善がなされた。
③ 実験結果
測定結果の評価に際しては、各被験者の1試行分の寄与率が等しくなるように、試行ごとのコントロール(香り非呈示)の平均値を100として、各コントロールに対する呈示試行の平均値の割合を算出し、その値を合計してコントロールに対するCNV早期成分の増減を調べた。
以下、各試料について得られた結果をコントロールに対する増減で示す。なお、括弧内の数字は、評価に用いた測定回数を示す。
試料 A:6.7%の減少(15 回)であったが、増減の結果は明らかでなかった。
試料 B:2.8 %の減少(30 回)であったが、増減の結果は明らかでなかった。
試料 E:17.6%の減少(21 回)で、この結果は 6 %の棄却率で有意であった。
測定結果を図 5 に示す。
図 5 試作品の CNV の増減
④ 考察
試料Aは、森林大気中のバランスを配慮した上で、CNV早期成分が減少することを予想したにも拘わらず、その効果は明らかでなかった。試料Aの香りは、a-ピネンやリモネンといった香りが弱い成分を主体に処方が組まれているため、匂い立ちを調製するための素材の影響を受けやすかったことが考えられる。
試料Bについては、新緑をイメージした、グリーンノートが基調の香りでフレッシュな香りを目標においているため、必ずしもCNV早期成分が減少しなければならないわけではない。気分評価では、リフレッシュ感もリラックス感も高くなっているので、CNV早期成分を減少させる成分と増加させる成分の両方が含まれている処方と考えられる。このため、やや鎮静的効果が勝っているようにも考えられる。
試料Eについては、リラックス感、安らぎ感をイメージした上で、鎮静作用が得られることを期待して調製した香りであり、期待どおりCNVの早期成分の減少により、鎮静作用が確認できた。
本調査研究においては、個々の香り物質の作用に着目して、これを成分とする処方を組んだが、個々の香料素材の作用だけではなく、処方を組んだ結果として得られる香調に対する心理的評価が、実際の効果にも影響を及ぼしている可能性が示唆されている。今後製剤化を更に推進するに当たっては、この点も十分に考慮して様々な成分を含む香料処方を調合して検討することが必要であると思われる。
参考文献
1)社団法人アルコール協会:アルコールの高付加価値的利用に関する調査研究-生活環境改善に効果のあるアルコール製剤に関する調査研究-総括報告書(1994年度~1998年度),p.171-p.245,1999年3月