建物の残響が聴き取りに及ぼす影響
聴覚特性−平成12年度実験計測−
1.目的
建築空間の中においては、公共空間、住宅の中の生活空間であるのを問わず、その空間の響き、背景音が、音声あるいは各種信号音の聴きとりに良くも悪くも何等かの影響を与えていることは日常経験していることである。とくに、公共空間においては、その空間響きの影響、それに加えて背景音の影響によって音声、信号が聴きとりにくい事例も多いと考える。
このような現象は、日常の生活行動そのものにも影響し、また、聞きとりにくいことによる精神的な不安感が生じることもある。とくに高齢者にとっては、聞きとれないということは家庭生活の中ではもとより社会的な疎外感を味わうことになり、生活行動に大きな影響を及ぼすことになる。このように、音声、信号情報伝達への残響、背景音への影響は、この高齢社会における検討課題として解決しなければならない重要な課題といえる。
2.計測装置・計測条件
(1)対象とする建築空間
人間の生活空間という視点から建築空間を大別すれば、公共空間と住空間ということになる。本研究では住空間を対象に一般的に存在すると考えられる空間の響きの範囲で、音声情報の伝達に影響が生じるか否かについて、またそれに背景音を加えての相乗作用についての検討を行った。
対象とした建築空間は住空間とした。それには音響心理実験室を住空間に見立て、さらにその試験用住空間の響きの程度を3段階に調整した。
(2)試験用住空間の残響時間
建築空間の響きの程度を物理的に表す量として残響時間がある。
この残響時間によって試験用住空間の響きの程度を図に示すように3段階に調整し、残響時間A(0.76秒 500Hz)、残響時間B(0.51秒 500Hz)、残響時間C(0.39秒 500Hz)と名付けた。残響時間の調整は吸音体の壁面への取り付け数によって行った。
残響時間Aは、実際の住空間における洋室を想定して家具等の設置が少なく比較的響く部屋、Bはごく普通の部屋、Cは床に絨毯を敷きソファなど吸音性の高い家具が設置されている部屋を想定している。
この残響時間の周波数特性は、実建物での平均的な特性になるようにした。この際、3条件同一の周波数特性になることが望ましいが、その条件を完全に充足するのは容易ではなく、本研究ではできる限り各条件ともに周波数特性がほぼ平坦になるように努力した。
また、建築空間において人が音を聴く場合、音源からの直接音と壁・天井などに反射した拡散音とが複合されたものが耳に入ってくる。したがって、本研究においてもスピーカと被験者の位置関係によっては、スピーカからの直接音だけを聴くことになり、建築空間の残響調整をした影響を判断できないことも考えられる。
この点については、試験用住空間の残響時間の値から直接音の影響範囲を計算によって求め、その値によってスピーカと被験者の位置関係から判断した。
計算によるスピーカからの直接音のみによる影響範囲は、残響時間の各条件ともに1m以下との計算結果が得られた。したがって、本試験で採用しているスピーカと被験者(耳の位置)との距離の1.5mは、直接音だけではなく拡散音の影響を受けているということになり、結果として残響時間の影響を含めての試験条件は確保されているものと判断した。
音響心理実験室(㈱住環境総合研究所篠崎実験室)の残響時間を3段階に調整した各条件について、音源(スピーカ)からの放射音の直接音領域を検討するための計算結果を次に示す。
実験室規模
室寸法 : 5.45mL×4.65mW×2.88mH
室容積 : 72.99m3
床面積 : 25.34m2
全表面積: 108.86m2
直接音領域計算式:d=0.08 (V/T) V:室容積(m3)、T:残響時間(s)
計算結果
残響時間条件A 周波数(Hz) 125 250 500 1000 2000 4000 8000 残響時間 (s) 0.83 0.73 0.76 0.61 0.64 0.64 0.56 直接音距離 (m) 0.75 0.8 0.78 0.88 0.85 0.85 0.91
残響時間条件B 周波数(Hz) 125 250 500 1000 2000 4000 8000 残響時間 (s) 0.62 0.54 0.52 0.47 0.5 0.53 0.49 直接音距離 (m) 0.87 0.93 0.95 1 0.97 0.94 0.98
残響時間条件C 周波数(Hz) 125 250 500 1000 2000 4000 8000 残響時間 (s) 0.44 0.4 0.38 0.35 0.35 0.39 0.37 直接音距離 (m) 1.03 1.08 1.11 1.16 1.16 1.09 1.12
(3)測定システム
図に明瞭度試験システムを示す。明瞭度試験は、図に示すように試験室中央を受聴位置とし、受聴位置より正面1.5mの位置に設置したスピーカより刺激音を放射し提示した。
背景音は室内前面(被験者に対して)の室両隅に設定した2台の背景音用スピーカより提示した。
刺激音のレベル設定は被験者の耳の位置に相当する位置で設定した。
(4)刺激音
刺激音には日本語単音節(百音節、HQL作成)を用いた。
(5)背景音の音響特性
背景音は実騒音を用いたのではなく、広帯域雑音をオクターブ5dB下がりの特性に調整して用いた。
また、この背景音を試験室内に放射したとき、その背景音は残響の影響を受けて、その周波数特性が残響時間によって異なったものになるため、各残響条件で、背景音レベルに周波数特性の差が生じないように調整して用いた。その調整結果を残響時間の条件ごとの背景音周波数特性として、図に示した。
(6)試験条件
試験要因は次の3項目とし、これらの項目について水準を次のように定めた。
1) 残響時間 3水準
2) 刺激音レベル 45,50,65(dBA)の3水準
3) 背景音 45,55,65(dBA)の3水準
試験順序は被験者ごとに、また1人の被験者でも試験条件の順序がランダムになるようにした。また。試験に際しては各被験者が同一の試験条件になるように試験条件を配列し、試験を行った。
試験項目を以下の表に示す。
表 明瞭度に与える残響の影響の試験項目
背景音:なし
刺激音レベル 残響時間 (dB) A B C 45 45A 45B 45C 50 50A 50B 50C 65 65A 65B 65C
表 明瞭度に与える残響と背景音の影響の試験項目
刺激音レベル:65dB
背景音レベル 残響時間 (dB) A B C 45 65-45A 65-45B 65-45C 55 65-55A 65-55B 65-55C 65 65-65A 65-65B 65-65C
3.計測方法
(1)測定手順
明瞭度に与える残響の影響調査 → 明瞭度に与える残響と背景音の影響調査
(2)明瞭度に与える残響の影響調査
1) 被験者別の残響時間の順番を確認し、残響時間の調整を行うとともに、アッテネータを確認し、提示音圧レベルを確認する。“あ”の用紙を机に置く。
2) 所定の位置に座ってもらい、練習を行う。
・「あ」とか「にゃ」のような一つの言葉が正面スピーカから聞こえてきます。
・この試験では、言葉の大きさは試験の度ごとに変わります。
・聞こえたとおりに用紙の空欄に一つずつ左から右に、ひらがなかカタカナで書いてください。
・聞き取れなかったり、分からなかったときは空欄のままにしてとばして書いてください。
・間違えた場合は鉛筆で×あるいは斜線を引いて、脇の方に書いてください。
・言葉は本番では100回出ますが、練習では20回出ます。
・言葉が10回出た後、赤ランプがつき「次の行に移ってください。11です」というような説明をします。赤ランプが消えてから5秒後に言葉が出ます。言葉が出る前には青ランプがつきます。
・それでは練習を始めます。
3) 練習終了後、最初の試験を行う。
・“い”の用紙を使って、本番を始めます。
・これから言葉が100回出てきますので、練習と同じように用紙に記入してください。
・(終了後)終わりましたので、次の計測まで、部屋の外でお待ちください。
4) チェックシートにより次の残響条件を確認し、残響調整を行うとともに、アッテネータにより、提示音のレベルを調整する。
5) 試験1と同様にして、試験2を行う。
6) 以下同様にして、試験9まで行う。
(3)明瞭度に与える残響と背景音の影響調査
1) 被験者別の残響時間の順番を確認し、残響時間の調整を行う。
2) 被験者別の背景音レベルの順番を確認し、背景音を設定するとともに、アッテネータを確認し、提示音圧レベルを確認する。“さ”の用紙を机に置く。
3) 所定の位置に座ってもらい、説明後、試験10を行う。
・今度は、言葉以外に正面両側のスピーカから意味のない音が出てきます。
・これ以降の試験では、言葉の大きさは同じですが、意味のない音の大きさは試験により変わります。
・聴き取りの方法は今までと同じです。
・意味のない音が先に出て、その後赤ランプがつき、赤ランプが消えてから5秒後に言葉が出てきます。言葉が出る前には青ランプがつきます。
・「あ」とか「にゃ」のような一つの言葉が正面スピーカから聞こえてきます。
・聞こえたとおりに用紙の空欄に一つずつ左から右に、ひらがなかカタカナで書いてください。
・聞き取れなかったり、分からなかったときは空欄のままにしてとばして書いてください。
・間違えた場合は鉛筆で×あるいは斜線を引いて、脇の方に書いてください。
・それでは始めます。
・(終了後)終わりましたので、次の計測まで、部屋の外でお待ちください。
4) チェックシートにより次の残響条件と背景音レベルを確認し、残響調整を行い、背景音の設定を行う。アッテネータにより、提示音のレベルを調整する。
5) 第11回目と同様にして、第12回目以降の試験を行う。
6) 以下同様にして、試験18まで行う。
(4)結果の集計
1) 各試験条件下において、被験者に単音節を聴き取ってもらい、記入用紙に直接記入してもらった結果を採点して正答率を算出し、単音節明瞭度とする。