名称 | 日常生活における注意経験に関するデータ |
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計測年 | 2004~2006年 |
計測場所 | 大阪府、愛知県 |
計測対象者 | 関西・中京地区の大学生608名(男性226名,女性382名) |
計測項目 | 認知心理学分野における注意機能 |
特徴 | 作成された「日常的注意経験質問紙」を用いると、「注意集中」「認知制御」「注意転導の起こりやすさ」「ながら作業傾向」という注意の働きの側面について評価できる。 |
その他 | ご利用にあたっての注意事項(Read me)を確認の上、ご利用ください。 |
■はじめに
情報機器の高機能化・小型化により作業場面における情報処理負荷は増大し、このために事故やエラーが誘発されやすい場面が生じている。ある作業を行う場合に要求される注意資源量は、課題の困難度や重要性によって比較的容易に定義することができる。一方、作業者の特性により利用可能な注意資源量や注意・認知機能には個人差がある。人間工学、心理学など人間を対象とした実験・調査研究を行う場合、実験条件や環境などを出来る限り統制した場合であっても、得られるデータには大きな個人差が見られることがしばしばある。その研究が研究参加者の特性による影響を重視しない場合にはこの個人差は誤差として処理される。しかし、ある製品の「使いやすさ」の評価が個人の特性と密接に関連があるという結果が得られるような場合、個人差を単なる誤差として処理してしまうことは問題がある。
実験参加者の特性を簡便に記録 ・記述しておくことができれば、事前に個人差の効果を予想していない場合であっても、事後の分析により個人差の問題を発見することができるだろう。メンタルワークロードの主観的指標は、適用が容易でしばしば用いられてきたが、その評価は作業者が感じる負担感が前提となっている。
そこで、本研究では、メンタルワークロードにとって重要な注意資源の特性・状態とその認知の個人差に注目し、日常的注意経験質問紙(Everyday Attentional Experiences Questionnaire; EAEQ)を作成し、その信頼性、妥当性を検討した。
■計測目的
日常生活の中での注意に関係する経験の特長を評価する日常的注意経験質問紙を作成し、その信頼性・妥当性を検討する。
■調査概要
日常生活の中で経験する注意に関係のある出来事について、それらが自分にどの程度あてはまるかを評価することを求める質問群を作成し、これらに対する回答から日常的注意経験の因子構造を検討し、日常的注意経験質問紙(Everyday Attentional Experiences Questionnaire; EAEQ)を作成した。
そして、その信頼性を検討するための調査を行い、日常的な注意や認知の働きと関連があると考えられる失敗傾向質問紙(Error Proneness Questionnaire;EPQ)の回答結果と比較した。
■質問項目の作成
まず、認知心理学の注意研究で検討されてきた要素的な注意機能として、
- 集中(一つの課題に注意を焦点化する)
- 分割(複数の課題に注意を同時に向ける)
- 抑制(不必要な情報が処理されるのを抑える)
- 切り替え(ある課題から別の課題へ注意対象を変更する)
- 持続(一定の注意の状態を保つ)
- 割り込み(ある課題を遂行しているときに、一時的に別の課題の処理を行う)
といった機能を抽出した。
次に、日常生活でこれらの機能が影響すると思われる出来事をまとめ、54項目の初期版を作成した。その後、取捨選択を行い、最終的に、47項目の質問項目で構成される質問紙を作成した。
■調査内容
調査対象:関西・中京地区の大学生608名(男性226名、女性382名、平均年齢19.37歳)
調査方法:
以下の順序で日常的注意経験質問紙に回答してもらった。
- 日常的に行っている勉強または仕事のいずれかを想定する。
- 勉強と仕事のどちらを想定したか回答し、想定した勉強または仕事の場面について、その特徴を19項目で評価する。
19項目は、NASA-TLXの各下位尺度(知的・知覚的要求,身体的要求,フラストレーション,作業成績,タイムプレッシャー,努力) の説明にある作業の特徴の表現に基づいて作成した。この手続きは、回答者が何らかの作業に従事している状況を明確に思い出し、その中で使われるであろう回答者の注意・認知機能の働きを評価しやすくすることを目的としたものであった。 - 47項目の注意経験に関する質問に回答する。
回答は「非常にあてはまる」「ややあてはまる」「どちらともいえない」「あまりあてはまらない」「全くあてはまらない」の5件法であった。
日常生活の中での失敗の起こりやすさを評価する失敗傾向質問紙(Error Proneness Questionnaire;EPQ)2)を実施した。この質問紙は25項目の質問より失敗傾向をアクションスリップ,衝動的失敗,認知の狭窄の3側面から評価するものである。
■計測結果
1.分析に用いたデータについて
585名分のデータを用いた。
2.分析の方法
各質問の回答に対し下記のように点数をあてはめて、分析を行った。
回答 | 点数 |
非常にあてはまる | 5 |
ややあてはまる | 4 |
どちらともいえない | 3 |
あまりあてはまらない | 2 |
全くあてはまらない | 1 |
最尤法・プロマックス回転を用いた因子分析を行い、スクリープロットおよび結果の解釈可能性から4因子解を採用して項目選択を行った。
共通性の低い項目(0.20未満)、複数の項目に同程度の因子負荷を示す項目、いずれの項目についても0.40以下の低い因子負荷量しか示さない項目を削除し、最終的に因子負荷量が0.40以上の32項目を日常的注意経験質問紙を構成する項目として採用した(表1)。
(出典:日常生活における注意経験と主観的メンタルワークロードの個人差1))
3.結果
第1因子は「自分自身の集中力は思い通りにコントロールできる」など12項目を含み、必要に応じて課題遂行に対して注意を集中させることができることや、他の課題や刺激があってもそれらに注意を取られにくいという能力に関係すると考えられるため、「注意集中能力」因子と解釈した。
第2因子は「2つのことを効率よく組み合わせる方法にすぐに気づく」など8項目を含み、二重課題を効率的に遂行できることや新しい課題状況に対して適応する能力に関係するものと考えられるため、「認知制御能力」因子と解釈した。
第3因子は「音楽を聴きながらするほうが勉強・仕事ははかどる」など6項目を含み、いわゆる「ながら作業」をする傾向を反映すると考えられるので、「ながら作業志向性」因子と解釈した。
第4因子は「会話中に周りの出来事に気をとられて、相手の言葉から注意がそれることがよくある」など6項目を含み、自分の意図に反して注意が他の課題や刺激に向かってしまうことの起こりやすさを反映するものである。これは「注意転導傾向」因子と解釈した。
各因子に負荷する項目の合計点を各尺度に含まれる項目数で割り、尺度得点とした。 各尺度の平均と標準偏差を表2に示す。
表2 各尺度得点の平均値・標準偏差
尺度 | 平均値 | 標準偏差 |
注意集中能力 | 2.95 | 0.64 |
認知制御能力 | 2.89 | 0.63 |
ながら作業志向性 | 2.69 | 0.64 |
注意転導傾向 | 3.52 | 0.63 |
続いて、尺度得点間の相関係数を求めたところ、表3に示す結果となった。
表3 下位尺度間の相互相関
因子 | F1 | F2 | F3 | F4 |
F1注意集中能力 | - | 0.338** | 0.200 | -0.461** |
F2認知制御能力 | - | 0.304** | -0.237** | |
F3ながら作業志向性 | - | 0.075 | ||
F4注意転導傾向 | - |
(**:p<0.01,*:p<0.05)
「注意集中能力」と「認知制御能力」の間の正の相関は、この2つの能力が一般的な注意・認知機能の高さに関連するものであることを示唆する。
一方、「認知制御能力」は「ながら作業志向性」と有意な正の相関を示すのに対し、「注意集中能力」と「ながら作業志向性」との相関は有意ではないことから、特に自分の認知過程を制御する能力を高く評価する人が「ながら作業」をしがちであることが示唆される。
「注意集中能力」や「認知制御能力」と「注意転導傾向」の間に有意な負の相関がみられているが、これは注意を集中しにくい人は注意が課題や作業対象からそれやすいということを確認する結果である。
尺度の内的信頼性を検討するため、尺度ごとにCronbachのα係数を求めたところ、下表のようになり、一定の内的整合性が見られることが確認された(表4)。
表4 尺度ごとのCronbachのα係数
尺度 | Cronbachのα係数 |
注意集中能力 | 0.851 |
認知制御能力 | 0.811 |
ながら作業志向性 | 0.702 |
注意転導傾向 | 0.722 |
失敗傾向質問紙の下位尺度との相関を検討したところ、認知の狭窄と「注意集中能力」(r=-.338)、および「認知制御能力」(r=-.413)との間に有意な負の相関が見られ、また「注意転導傾向」は全ての失敗傾向との間に正の相関を示した(r=.354~.437)。これらの結果から、認知の狭窄は負荷が高まることに伴い処理できる情報の範囲が狭くなることによって起こる失敗の原因として考えられているものであり、「注意集中能力」や「認知制御能力」の低さとの関連は当然予測できるものといえる。また、注意が対象となる行動から外れることがあらゆる失敗の原因の一つとなっていることが推測される。
参考文献
1) 篠原一光,山田尚子,神田幸治,臼井伸之介:日常生活における注意経験と主観的メンタルワークロードの個人差,人間工学,Vol.43No.4,pp201-211,2007
2) 山田尚子:失敗傾向質問紙の作成および信頼性・妥当性の検討,教育心理学研究,Vol.47,501-510,1999
・32項目版 日常注意経験質問紙(リンク https://acpsy.hus.osaka-u.ac.jp/questionnaire.html)
ダウンロードデータについて
4つの尺度(注意能力、認知制御能力、ながら作業指向性、注意転導傾向)について、下記のデータをダウンロードできます。
- 各質問項目の回答の平均値・標準偏差、因子得点
- 各回答者の回答合計の統計値
- 各回答者の回答合計の分布