高齢者のIT利用特性データベース
様々な入力デバイスと操作性
■ 視線入力
■計測目的と計測内容
高齢者では、身体機能,認知機能などにおいて加齢の影響による機能低下が考えられ、若年者と同様の入力インターフェイスの使用が適切であるかどうかを明らかにすることを目的として、さまざまな入力デバイスを用いた実験を行った。 高齢者の使用にも耐え得る非接触型の視線入力システムを用いて、固視微動が少なくマウスカーソルの移動と同等に滑らかな視線移動が可能で、マウスのクリックの代わりに実施する凝視(停留)のための時間をできるだけ短縮して、かつポイント精度を低下させない視線入力システムの開発を行う。さらに、移動方向の影響に特に注意を払ってパフォーマンス・モデルの構築を行う。以上のようにして開発したシステムを用いて、若年者群と高齢者群で操作性に違いが見られるかどうかをパフォーマンス・モデルなどの実測データに基づいて明らかにする。そして、使いやすい視線入力システムが備えるべき条件について検討した。 被験者は、若年者(20~29歳)16名、中高年(50~59歳)13名、高齢者(65歳以上)16名の計45名である。
■計測手順
実験は、以下の手順に従って実施した。
(1)実験者入室後、疲労自覚症状調べ(作業前)を実施した。あわせて、被験者のコンピュータ使用経験を調査した。
(2)コントロ-ル実験(マウス)
視線入力実験に入る前に、被験者の練習(最大5分程度)後にマウスを用いたポインティング実験を視線入力と同様のポイント条件で実施した。72種類のポイント条件を被験者にランダムに実行させた。これを5試行繰り返した。各試行間には、被験者の要求に応じて適宜休憩を入れた。実験プログラムで、ポイント時間、ポイントの成功・失敗、各試行におけるポイント終了(マウスの左クリック)までの移動軌跡を記録した。
(3)視線入力用キャリブレーション
コントロール実験終了から1分程度の休憩の後に、キャリブレーションを実施した。まつ毛が瞳孔にかかっている被験者は、ビューラーを用いて、まつ毛を上に上げておくようにした。眼鏡、コンタクト等の影響でキャリブレーションができない場合には、まず照明条件を暗くして対応した。それでも十分にキャリブレーションができない場合には、これらを外してもらってキャリブレーションを実施し、実験中も裸眼のまま測定を行った。キャリブレーションが不能な場合には、実験を中止した。
(4)視線入力実験
マウスと同じ条件を5回繰り返した。実験の間には、被験者の要求に応じて適宜休憩を入れた。
(5)実験終了後のアンケート
実験中の内省等があれば、アンケート用紙に記入してもらった。
■計測条件・環境
画面中央に示されたカーソルを移動させて、以下の条件で表示されたターゲットをポイントするものである。
実験条件は以下の通りで、3×3×8=72条件からなる。17インチディスプレイ(NEC、Mate)上のフル画面を640×480ピクセルとして、これを基準に移動距離d、ターゲットの大きさ、画面の中心点からターゲットへのアプローチ角度を以下のように決定した。
d: 130、150、170ピクセル(3水準)
ターゲットの大きさ: 40ピクセル×40ピクセル、55ピクセル×55ピクセル、70ピクセル×70ピクセル(3水準)
アプローチ角度: 中心から右方向を0°、左方向を180°として、0°、45°、90°、135°、180°、225°、270°、315°の8水準
■計測結果
視線入力は、マウスに比べて年齢群間の移動軌跡の差が小さかった。若年者群、高齢者群の両方で移動軌跡が不安定な例、移動軌跡が安定している例のどちらも観察されたが、全体的には、高齢者のほうが、移動軌跡が不安定になるケースが多く観察された。また視線入力は、年齢群ごとにアプローチ角度と移動軌跡の関係が大きく異なるという特徴的な傾向が観察された。これには、個人の視習慣などの影響も含まれており、原因は分からないが、年齢群間のこういったパターンの違いを考慮した設計が重要になる。 入力しやすさ、上半身への負担、入力の速さに関するアンケート調査の結果、マウス入力に慣れている若年者は、視線入力のほうが入力速度が速いことは認めるものの、入力の速さに関する主観的評価は低かった。入力のしやすさに関する評価も低かった。視線入力では、アイカメラのキャリブレーションに時間がかかることや、作業時にあご台で首が動かないように固定されることが、この原因であると考えられる。アイカメラの今後の改良が望まれる。また、パソコン操作に慣れている高齢者や中高年に関しても、同様な評価だった。一方、パソコン操作に習熟していない中高年者群、高年者群の被験者は(計10名)、視線入力の入力のしやすさの評価が非常に高く、こういったシステムがあれば非常にありがたいというコメントが多かった。上半身への負担に関しては、3つの年齢群で大差はなかった。
以上の結果をまとめると、現状のアイカメラでは、キャリブレーションに時間を要し、作業時に首をあご台で固定するため、パソコンに習熟している被験者にとっては、入力の高速化が実現できるにもかかわらず、あまり評価は高くなかった。一方、キーボードやマウスの操作がほとんどできない高齢者や中高年にとっては、入力速度が半分以下になるため、高い評価が得られた。視線入力は、上半身に障害があり、キーボードやマウスによる入力ができない人やコンピュータの操作ができない高齢者にとって有用である。ただし、視線入力は、マウスと異なり、アプローチ角度の影響が、年齢群ごとに異なった。すなわち、年齢群ごとに動かしやすい方向とそうではない方向が存在するならば、これを考慮して、年齢群ごとに動かしやすい方向に重きを置いたポインティング・システムを構築・開発していく必要がある。